東京高等裁判所 昭和58年(ネ)944号 判決 1984年6月27日
控訴人 松本淑美
右訴訟代理人弁護士 金丸弘司
被控訴人 朝日工機株式会社
右代表者代表取締役 田口均
右訴訟代理人弁護士 大江保直
同 川崎友夫
同 柴田秀
同 狐塚鉄世
同 萩谷雅和
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、「原判決を取り消す。控訴人被控訴人間の東京地方裁判所昭和五七年(手ワ)第一五九号約束手形金請求事件につき同裁判所が同年五月七日言渡した手形判決を認可する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の主張及び立証の関係は、原判決事実摘示のとおり(但し、一枚目裏末行「本件」の次に「原、当審」を加え、引用された手形判決の一枚目裏上から九行目「取得者」の次に「(岸岡健一ほか一名、久保田進二、岩佐某、広田某、平山恵庸)」を加える。)であるから、これを引用する。
理由
一、請求原因事実はすべて被控訴人の認めるところであるから、抗弁につき判断すると、その認定判断は左記のとおり付加、訂正するほか、原判決理由記載と同じであるからこれを引用する。
(一) 原判決二枚目表一〇行目「証人」の前に「第四九、五〇号証、平山証言により第一裏書部分を除き成立を認め得る甲第一号証の二、」を、一一行目「本人尋問の結果」の次に「(原、当審)」を、同裏二行目末尾に「前掲乙第三九ないし四一、四九、五〇号証、平山証言及び控訴人の原、当審尋問結果中同認定に反する部分は措信しない。」を、同九行目の「報道され、」の次に「その頃支払銀行に盗難を理由に支払差止めの申出がなされ、」を、三枚目表三行目の「本件手形が」の次に「飯島らにより」を、同八行目の「伊藤に」の次に「他で換金することを依頼して」をそれぞれ加え、八行目「伊藤は」から九行目末尾までを削り、同裏二行目「事故手形」から四行目末尾までを「盗難手形であり、割引依頼元の手形所持人が手形上の権利を有しないものであるかもしれないことを知りながらこれを取得した。久保田は、同年七月三〇日午後手形ブローカーである岩佐某に本件手形ほか一通の手形(額面一〇〇〇万円、満期同月三一日、振出人・受取人は本件手形と同じ。以下「件外手形」という。)をその割引の仲介を依頼して交付し、岩佐は同日午後金融ブローカーである広田某に右手形二通を同趣旨の依頼のもとに交付した。」と改める。
(二) 原判決三枚目裏五行目冒頭以下を次のとおり改める。
5. 居酒屋を営む(以前手形割引や金融を業としていたこともある)平山恵庸は、前記広田と数年前に手形の割引をしてやったことで知り会ったが、その名前も住所も知らないまま音信が途絶えていたところ、同日(昭和五六年七月三〇日)午後広田から電話で本件手形及び件外手形を割引いてほしいと突然依頼されたが、自ら割引く資力がないので、親族である控訴人に対し、優良会社が振出人・受取人となっていること及び相当高額の割引料(その額は証拠上明らかでないが、後記のとおり、四五〇万円を大きく上廻るものと推認される。)を支払っても差支えないことを告げて本件手形の割引を依頼した(なお、平山は、同三〇日午後件外手形の割引を、同人の親族で競輪の呑行為類似の仕事―俗に「入駒屋」という―を業とする神田正人に依頼した。)。控訴人は、ラブホテルを経営(夫はキャバレーを経営)し、以前平山の依頼により手形割引(最高の額面で一通五〇〇万円位)をしたこともあったものであるが、平山の右申入を簡単に承諾した。そこで、平山は、控訴人の経営するホテルで翌日広田と落ち合うことを約し、同月三一日午後二時頃右ホテルで広田から前記二通の手形を受領して取得した上、本件手形の第二裏書欄に平山の記名押印をし裏書日欄に「56、7、6」と記入して同手形を直ちに控訴人に交付し、控訴人から割引金(その額は明らかでない。)を受領し、これを広田に交付した(なお、平山は、同日夜神田から件外手形の割引を受けた。)。
平山は、右二通の手形の振出人である被控訴人及び受取人である株式会社板橋機械製作所がいずれも優良会社であることを知っていたか、右手形を取得するに先立ち、広田にその入手経路を聞くとか、両会社又は支払銀行のいずれかに対し同手形の振出、裏書の事情等を照会する等の調査を一切せず、控訴人も、平山と同様本件手形取得の際何らの調査もしなかった。
以上の認定事実によると、受取人が保管中に盗取された本件手形は、盗取者の一人である飯島から岸岡、久保田、平山、控訴人と順次譲渡されているが(伊藤、岩佐、広田は単に割引仲介を依頼されて預った者にすぎないと認められる。)、岸岡、久保田について見るにそれぞれの取得当時、岸岡は右手形が譲渡人により盗取されたものであることを知っていたから無権利者であり、久保田はそれが盗難手形で、前者が無権利者であるかもしれないことを知っていたものであるから、これまた無権利者である。
平山が本件手形及び件外手形(同じく盗取されたものである。)を取得した前後の状況を見ると、前認定のとおり、(イ)同人は、右手形の割引を、名前も住所も知らず数年間音信もなかった広田という金融ブローカーから突然依頼されたのであるが、同手形の振出人及び受取人はいずれも優良会社であり、二通の合計二九五〇万円というかなり高額な額面の手形であって、金融ブローカーの間に出廻わる筈のないものであるにも拘らず、これを割引くに当り何らの調査もしておらず、(ロ)平山が本件手形と同時に割引の依頼を受けた件外手形の満期は昭和五六年七月三一日であり、その振出人、受取人がいずれも優良会社であることを合わせ考えるならば、満期当日に市中で、しかも額面の半分以下という低額(前記乙第三九、四九、五〇号証及び平山証言によると、平山は手持の五〇〇万円で件外手形を割引いたというのであるが、右証言等は直ちに措信し難く、弁論の全趣旨によれば、割引金額は五〇〇万円を下廻るものと推認される。)で同手形を割引くということは極めて異常なものというべきである。(ハ)さらに、平山が本件手形の第二裏書欄に裏書日を現実のそれよりも遡らせて記入したことは前に認定したところであり、右乙第三九号証及び平山証言によれば、平山は、同年八月一四日警視庁志村警察署で参考人として取調を受けた際、広田から本件手形の割引を依頼されたのは同年六月二九日頃であり、控訴人に依頼してこれを割引いたのは同年七月六日である旨虚偽の供述をしていることが認められる。平山は、原審において、神田に件外手形の割引を依頼する時に同手形を以前から所持していたと嘘を言ったため本件手形に右虚偽の裏書及び警察での供述をした旨証言しているが、前記乙第一三号証の二及び平山証言によれば、平山は、神田から件外手形の割引を受ける際、その第一裏書欄に裏書日として「57、7、23」と自ら記入していることが認められるから、本件手形の裏書日等を偽った理由に関する前記供述部分は措信できない(なお、本件手形を含む盗難手形の無効公告がなされたのが同月八日であることは、先に引用した原判決理由二2に認定のとおりであり、平山が本件手形の裏書日を遡らせた理由として述べる所が前記のように採用できない以上、同人は、右公告の事実を知り同手形の善意取得を装うため、公告の日以前に裏書日を遡らせて記入したものと推理することも不可能ではない。)。右(イ)ないし(ハ)の事情に弁論の全趣旨を総合するならば、平山は、本件手形取得に当り、前所持人が本件手形上の権利を有しないことを知っていたか、これを知らなかったとすれば、それにつき重過失があったかのもので、いずれにせよ無権利者であると認めることができる(なお、前記乙第四九、五〇号証及び平山証言によれば、平山は、原審及び件外手形に関する訴訟事件において、件外手形が事故手形であることを、本件手形を控訴人が割引いた当日の夕方、神田から件外手形の割引を受ける以前に、金融業者から知らされた旨供述していることが認められる。)。
次に、控訴人が本件手形を取得した前後の状況を見ると、(イ)控訴人は、前認定のとおり平山の親族で同人のために手形割引をしたこともありかなり親密な間柄にあったのであるから、平山から本件手形の割引依頼を受けた際、平山と関係があるとは見られない会社がその振出人、受取人となっている上、その入手経路の説明もないこと、平山の依頼で従前割引いた手形の額面に比し本件手形は遙かに高額であること、平山の言によれば同手形は優良手形であるというのに割引料は相当の高額であること等疑念を持って然るべき事情が存し、割引を実行するまでに丸一日の余裕があったにも拘らず、平山にこれらの点を質すことも、右振出人、受取人、支払銀行等の何れかに対し手形の振出、裏書等の事情につき照会をすることもしていない。(ロ)控訴人は、同年一一月二八日前記警察署で参考人として取調を受けた際、平山から本件手形の割引依頼を受けたのは同年六月末であり、これを割引いたのは同年七月六日である旨平山の前記供述内容と符合する虚偽の供述をしていることが、前記乙第四一号証及び控訴人の原、当審尋問結果により認められる。(ハ)また、控訴人は、前記警察署での取調及び原、当審における本人尋問において、本件手形の割引金として現金一五〇〇万円を平山に交付した旨供述しているが、資金の出所に関する供述内容は、総じて不明確かつ不自然であるのみならず供述の都度変更されており措信し難く(内金七〇〇万円は平山から手形割引の依頼を受けた後橋本容江から借用した旨の控訴人の当審における供述部分は、成立に争いのない甲第二号証の一、二及び証人橋本容江の証言に照らしても措信できない。)、他に右割引金の出所を認めるに足りる証拠は存しないから、控訴人が本件手形を割引くに際し果して何程の金員を出捐したものか不明と言わざるを得ず、弁論の全趣旨によれば、割引金は控訴人の供述する一五〇〇万円を大きく下廻るものと推認されるけれども、仮に、控訴人が一五〇〇万円を平山に交付したとしても、同日から満期までの六二日間における四五〇万円の割引料は年一三割強という高率となる。以上(イ)ないし(ハ)の事実に弁論の全趣旨を総合すれば、控訴人は、本件手形を取得する際、それが盗難手形であり平山が同手形上の権利を有しないことを知っていたものとまでは認められないとしても、控訴人は、本件手形を割引くに当り、平山が同手形に裏書日を遡らせて記入したことの外前記(イ)のとおり疑念を生ずべき数々の点があったのに拘らず一切の調査をしておらず、右調査をすれば、本件手形が盗難手形でありひいて平山が同手形につき無権利者であることを知り得た筈であるから、これを知らなかったことにつき重大な過失があったものというべきである。
以上の次第で、平山及びそれ以前の本件手形取得者は、いずれも前者が無権利者であることにつき悪意或いは重過失があるものであり、控訴人もまた、平山が同手形上の権利を有しないことにつきこれを知らなかったことに重過失があったのであるから、被控訴人の抗弁は理由がある。
二、よって、控訴人の本訴請求は理由がなく、前記手形判決を取消して控訴人の請求を棄却すべきものであるから、本件控訴を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 田中永司 裁判官 宍戸清七 笹村將文)